お盆のこと

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私は未だ多くのことを知らない。
それらを知りたいと思っているが、思っているだけで手の届かないものや、手は届くかもしれないけれど実行するのが憚られる……といった経済的、肉体的、あるいは心理的ハードルが諸々を邪魔する。よくある話だ。

お盆にすこしだけ夢を叶えた。公園で、3人で、手持ち花火をした。小さいころから花火が苦手で、打ち上げなんて以ての外、手持ち花火すら駄目だった。大人になっても……地面をとち狂ったように回るねずみ花火は少し怖かったが、私は主観的に「剥奪された」と感じ続けてきた青春や楽しい人付き合いみたいなものが、一瞬、ちゃんと叶えられたと思ったのだ。

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結局それは、一歩踏み込む勇気だとか馬鹿みたいな心配性をどうにか乗り越えた先にあるんだと実感できた。そういう事実は知っていても、実行して実感しなければ……、体の一部、脳を構成する大事な何かにはなってくれないのだ。今回のことは、成功体験と言ってもいいのかもしれない。

人にこれをしたいと話し、自分でできない部分は人を頼り……。花火は西友に行ったら当たり前のように売っていたし(当たり前だ)、花火ができる公園も、案外近所にあったのだった。

 

自分にとって、何かを計画し実行することはひどく難しい。度の過ぎた心配性なので、「話が盛り上がらなかったらどうしよう」から始まり「花火の間どんな雰囲気になるんだろう」「昔花火が化学繊維の服に引火して火だるまになった事件あったよな……」「カジュアルな場だからワンピースはちょっと違うよな……」「ていうかひらひらしてると燃えそうだよな……」「何かよろしくない事態(怪我人等)が発生したとき責任の所在はやっぱり言い出しっぺの私になるのかな……」「クレームとか、何か言われないだろうか」「花火のあとはどうなるんだろう」「ご飯食べるにしてもバケツが邪魔だな……」「コインロッカーに入れればいいのかな……」「なにもわからないな…………」という感じで、頭の中ではいつも通り未来のシュミレーションと発生しうる選択肢の計算が始まり、もう、気が気でなかった。……気が気でなかったは言い過ぎかもしれないが、一瞬取りやめようかとさえ思ったのだ。

昔からずっとこんな感じなので、とにかく何を実行するのも憚られる。でも、現実にはちゃんと進めればちゃんと進んで、時間も道具も場所もそれなりに整えられていって……、それでやっと、ささやかな夢を叶えることができたのだった。

私だって自分の心配の大半が杞憂であることを知っている。やればやったになると知っている。遠い未来の計画を立てようとしないのは、来るべき日が遠ければ遠いほど、「心配」に使える時間が増えてしまうからだ。私は怖いと思うことそのものが、怖いのだ。

 

私は多分、やってみたいことが人よりずっとたくさんある。昔、人生は何故一度しかないんだろうとよく思った。五回ぐらいはやらないといけないんじゃないか。そういう気持ちを最近になって思い出した。

結局お盆という期間を楽しくさせたのは「お金」と「人」だった。割とシンプルで、同時に残酷な事実だとも思った。なんだか妙に悔しいと思った。結局そこなのか、と。しかし……、前者に関して言えば、お金をかけずとも楽しく過ごす術というのは結構たくさんあり、私はずっとそちらを選んできたから、お金を使って楽しむというのが新鮮に感じられただけなのかもしれない。

手持ち花火だけなら、ちゃんと安上がりだ。

 

なんだかぼんやりする。体は疲弊している。ちゃんと文章になっているだろうか……。

無題

1日があっという間に過ぎ去っていく。それは大して変化のない日々だからなのか、実は過渡期だからなのか。変化のない過渡期。変化は心の中で起きているのだろうか。目に見えるものだけが変化とは限らないが、私は目に見える変化が欲しい。

私は変化しただろうか。去年の8月はたぶん、不動産屋のバイトで都内を奔走していた。あれと同じことを今やれと言われて、できないだろうと思う。9月も似たような感じ。魚津の絵を描いていたかもしれない。10月に鐙子ちゃんが亡くなり、その2日後くらいに一人で天空橋まで行き、羽田空港まで歩いた。11月は文フリと、あとOisixで淺井さんの絵を手伝った。

 

前髪を切ったらすこしは社交をしたくなるかなと思って、表参道の美容院に向かっている。私は基本受け身だし迷惑をかけやすい体だから、なかなか人を誘えない。

何かを変えたいし変わって欲しい。願っていたら変わるだろうか?

変わると信じている。

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無題

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体が痛むので横になっている。外に出たら星が見えるだろうか。月が見えるだろうか。次の満月は15日だった気がする。

一人でいると陰気が過ぎるので、気をつけなくちゃと思う。だけれど、結局ネガティヴで陰気なのが私なのかもしれない。問題はそれだけだと生きていけないことだ。

 

お酒を飲めるようになりたい気がする。お酒を飲むと楽になれるんだろうか。あるいはタバコを吸うと楽になるんだろうか。緊張に満ちた体がほぐれ、心地よくなれるのだろうか。

私が望むと望まざるとに関わらず、脳は勝手に身体を蝕む。その方がむしろ毒だとしたら、積極的に毒を摂取するべきなのだろうか。私も心地よくなりたい。私も楽になりたい。

軽くシャワーをしてコンビニで限りなくアルコール度数が低いお酒を買ってきてみようか。ジャズを聴きながらお酒を飲むのはなんだか心地よさそうだ。

 

ルールを守るのに疲れてきた。そんなにみんな守っていないのだ。守らないからルールがあるのだと知っているが、ルールがあってもなお、人はルールを守らないらしい。それが普通なのだろうか。それでよかったのだろうか?

自らの苦しみに恭順的でありたいと願う心と、苦しみ痛いのは嫌だという心のどっちもが本当だろう。どちらも取る方法はないのだろうか?

 

どちらもを取ったのが今なのだろうか。これが私の望みで、この現実は本当は幸せなものだったりするのだろうか。

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無題

毎年、前年の課題や問題を翌年には何かしらの形で解決できている気がするのだけど、だとしたら私は去年感じ続けた無力さ、自身の役に立たなさをちゃんと解決するんだろうか。

人の死を前にして、きっと何かはできていたはずだけど、でも約束を叶えられなかった無力な自分。肉体と精神と経済的な脆さ。力の足らなさ。来年、今年という1年を振り返ったらどう感じるんだろう。

 

毎年、何かしらの地獄の中にいると感じる。私の地獄のランクは上がっているだろうか?

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無題

記憶の容量が限界に近いと感じる。睡眠によるデフラグが追いついていないのだ。だけれどここまで追い詰められたおかげで、すこし行動できた気がする。

弱るのも悪くない。どちらにせよ現状を打開するには徹底的に弱る必要があった。何かが飽和してマイナスがプラスに転じる瞬間というのがある。とりあえず動悸が酷いので、あまり気分がよくない。

そろそろ眠れるといいな。

さいきん

iPhoneの写真を見ていると、どうも私は岡本太郎記念館に行ったようだし、美味しそうな冷麺をつくっていて、その前は新宿に行ったりしていた気もするし、そもそも昨日だって出かけていた。井の頭公園のイトモと、育ち盛りのカイツブリの雛たちを見ていた。

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火曜日も泣いていて、今日も泣いた。火曜日はひとしきり泣いたあと、仕方ないから天そばでも食べるかあと思って、気になっていた十割そば屋さんに行き、季節の天ぷらと冷たいおそばをいただいた。お店に入ってすぐのところでギターを弾いている人がいて、食事中ずっと、彼がFly me to the moonとかをしっとり弾くのを心地よく聞いていた。一瞬これってリクエストとかできるんだろうか……という考えが頭をよぎったが、何も言わずに店を出た。

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何もない生活の中で、お店の店員さんにできるだけ笑顔で接するとか、マンションで鉢合わせた住人にちゃんと挨拶するとか、そういう最小限のコミュニケーションを大事にしている。だけれど、虚しい。人付き合いなんてまともにやってこなかった……と思うので、人と接したくても接し方がわからない。耐性が強いからといって一人でいるのは如何なものか。何度もここでも人も関わらなくては、と書いたはずなのに、なかなか実行に移せない。

しかし、ここ半年で一番の基礎の基礎だけは何とかした。かなり頑張ったし、その点については褒められると思う。

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私は人が怖い。人間に擬態することは確かに覚えたのだが、今度は擬態を解くことができないのである。人の感情を、最初はたぶん脳の何割かを使って一生懸命計算していた。そのうちにその計算に慣れたのか、あるいは私のそのような部分が未熟ながらも多少は発達してきたのか、まあ、昔より円満にやれるようになった。円満にやれるようになったら、今度はそれを崩せなくなった。人を傷つけるのも自分が傷つくのも痛く、つらく、悲しいからだ。

私はたぶん人よりもずっと傷つきやすい上にそれがかなり痛むようで、その自分の痛覚を前提に人と関わるから……なんだかおかしなことになるのだと思う。

何度も繰り返し周囲に言われてきた言葉。「人はあなたほど悲しまないし痛がらないし、考えてない。たかを括って生きている」そして「あなたほどみんな憶えてない」。

こういった言葉を心にちゃんと浸透させるには、まず元気でいなくてはならない。信じきれないものを信じる、というのはとてもパワーが要ることだからだ。昔もここに書いたけれど、そう、そのときは信じようとしていたのだけれど、「人はいろんなことを水に流して生きている」。

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私はたぶん今人生ではじめて、ちゃんと話せる人に出会えたと思っている。ここからのはずなのだ。……

 

精神的飢餓感を埋めるために、週にアニメ5本を追って、漫画と本を読み、絵を描き、オートチェスをやり、外に出かける。写真を撮る。加工してSNSに上げる。

とにかく最近眠れないので、すっかり疲れてしまった。また悪夢にうなされているし、朝はひどい気分で目がさめる。夕方が近づくにつれ何かしらが回復、あるいはちゃんと覚醒し始めるが、おかげで就寝は毎日朝の5時ごろだ。

まだ耐えられる、大丈夫だと言い聞かせて日々を過ごす。楽しい時間もある。つらい時間もある。絵も写真も言葉も行動も、体も心も、他の人に全く追いついている気がしない。あるいは一点に絞れば、と思うのだが、できた試しがない。気力体力に満ち溢れた人に置いていかれる、と気持ちが焦る。私は何をしているんだろう、私は何なんだろう。焦らなくていい、と周囲の人が言う。もっと自由にさせてあげたい、と言ってもらえる。私は状況的にはまるで自由の中にいるかのようだが……本当に昔から思うのだが、何事も行き過ぎは良くないのだ。手に余る自由。しかし望んだはずだった。少なくとも体はこちらを選んだのだ。

オートチェスで最近よく負けるのが、私のブレブレ加減をよく表していると思う。疑わない世界に行きたい。自分の正義だけを貫けたらどんなに楽だろう。

 

でも私は……苦しいのが好きだと言っていたから、これでいいんだろうか。満足してるのかな、私。

同化はできない

人に拒絶されてる証であるところの文字列の並びを見る。本人の言葉でなく、システムがよこすやつである。一瞬心がしんとなって、でも同時に、私は誰かの心の中にいたのか、と認識する。

私は自分が誰かの心の中に自分がいることが全く想像できなくて、それが昔から悲しかった。だから拒絶が「私」がいた証なら、悪いものでないのかもしれないと思う。

私も誰かを拒絶する。自分が弱く脆いと分かっているからだ。同じことを同じように誰かがする。行為のあとに理性が発生する。自己正当化と拒絶した誰かの正当化をする。みんなそうなのだろうか。自分の心の中で起きていることは他人の中でも起きていて、でも、起きていない。

 

人と心が繋がらないことを寂しく思う。関係性は疑えてしまうのだ。一人のとき、ああ、あの人とこんな話をした、この人とこうやって笑った時間があったと思い出す。失敗したこともたくさん思い出す。苛まれる。しかし、そういう人々との関係性の中に自分の身体があり心があったという事実は単純に嬉しくもある。私は誰かに影響を及ぼして生きていると実感する。せめてよい影響であったなら、と願う。多分私にはどうにもできないことだ。

反面教師のはずの父と同じことをしてしまったりするのだろうか。それが自分の在り方なら受け入れて生きていくしかないのだろうか。とにかく、もっと上手いやり方を探すだけだ。反省点がいつも山ほどある。父よりも上手くやる、ということだけは心に刻んでおく。

 

私とは何なのだろう。

 

今日は写真の整理をしようと思う。喜んでくれる人がいるから。

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父と私

何度も考える。これでいいのか、これでよかったのか。起きたことは仕方なくて、現状は受け入れなきゃいけない。

もう一度正直にここに書いておこうと思った。私は何度も体調を崩すしきっと泣き言を言うし弱音を吐くけれど、私は立ち上がると思う。言葉に強く支配されている自分にとって、弱者というカテゴリーに収められるのは、本当は良くないことだったのかもしれない。スティグマなんて自分の意識で乗り越えられる、とずっと思っていたけれど、これは結構にすごいことなのだと実感した。言葉は強力だ。だから私は私を弱くする言葉を遠ざけていたかった。

父にちゃんと言えばよかった。自分を信じてほしいと主張すればよかった。変に恨みつらみを募らせないで、ただ言えばよかったのだ。

 

正直今でも父は怖い。今となってはかつてほどの力を持ってなかったとしても、何度もその強烈で一切の反論を許さないような論理に叩きのめされた身としては、やっぱり反抗するというのは本当にきつくて、勇気の要ることだった。何故そんなに声が大きく、圧が強いのか。

彼は心配性だ。男性で、私の親で、私はなかなか抗えない。父越えはやっぱり必須事項なのだろうか?  今はきっと昔ほどじゃないにしても、柔らかく丸くなったにしても、彼と別の意見や価値観を提示し認めてもらうことは本当に難しい。尊敬もしている。強大な我が家の台風。私は父としての彼より、先生としての彼が好きだ。最近は科学やデータだけを盲信するでなく、こういうやり方は間違っているかもしれない……と懸念を示す彼の姿勢に好感を持つ。

しかし、とにかく今は越えなければいけない壁なのではないか。どうやって越えればいいんだろう。

昨年12月は、決して体調は悪くなかった。その前の月に一人で文フリや羽田空港に行ったり、淺井さんの絵を地上何階だかで手伝っていたのだ。私を信じてほしかった。

 

私はちゃんと今の状況を乗り越えて、父さん、あれは間違っていたんだよと言いたい。彼にそうさせたのは私なのかもしれない。弱音を吐いて何度も怖くなって怯える私なのかもしれない。彼が変わらないなら、私が変わるしかないのだ。人は自分の鏡なのだから。

 

寝転がっている。

 

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新宿にいたのだけど、階段を上がることすらしんどかったので、どうしたものかなあと思う。今年に入ってからあまり体調が良くない気がするけど、去年も実はこうだったのか……、なんだかもっと動けていたように思うけれど、それは思い違いなのだろうか。

体が弱っているので、免疫が落ちて、また胃腸に来ている。それでも毎日少しの幸せはある。ある点において、孤独という点において、きっと昨年よりだいぶマシだろうと思う。人は一人でいすぎてもいけないし、人とばかり一緒にいてもいけない。何事もほどほどが大事だ。

疲れやすい人は、真面目な人が多いのだろうか。少し気になる。自分はひどく教条的である。こうありたい、こう振る舞いたいという理想像がしっかりとあって、そこを目指してるし、そうなりたい。

 

ある職業につきたい、とかウン千万円稼ぎたいとかはわかりやすい夢で、私の夢は多分わかりやすくない夢だ。

感情と理性の両方をしっかりと備えること、そのどちらもを悪用しないこと。何か発言するときには反対の立場にいる人を想像すること、言動に責任を持つこと、分からないと言って考えることを放棄しないこと。人と自分に期待をし過ぎないこと、だけれど人も自分もある程度ちゃんと信じてあげること。幸せを自分で定義すること。現状にある程度満足しつつも、向上心を忘れないこと。衣食住に気を払うこと。だけれど、全部をやりすぎないこと……。

私はASDだとかCFSだとか関係なく、ただ目指してるものがずっとあって、それは生まれながらの性格のせいで、だからもう全部仕方ないのだろうか、とか。苦しみと痛みは正しい証拠だろうか。楽になりたいと願うのに、実際に楽になったらとてもつらそうだ。そんな自分を想像できない。

 

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ずっと足元も視界も悪い道と呼べない道を歩き続けているような心地がする。あまりよく覚えていないのだけど、電気羊の最後でそんな岩だらけの坂を主人公が登っていた気がする。

去年も一昨年も何かしらのしんどさを伴った風景が心の中にあって、白く茫漠とした土地を足を引きずりながら歩いてみたり、水底で漂ってみたり。

岩だらけの坂道というのは、この二つより幾分マシだろうか。私は私の意志でこの道を歩いているのだと、多少は自覚的……だと思うから。

現実で一人じゃなければ、私はこうやってまだまだ自分の意志で、厳しくつらい自分の心の世界を歩いていけるかもしれない。結局私が求めているのはそんなことなのかもしれない。

 

昔よりすこしはなりたい自分に近づけていると思う。現実では無力で非力な人間だけど、だからこそ、せめて心とか魂ぐらいはちゃんとしていたいと願っている。

まあでも、あまりにそれらが過ぎると色んなことがままならなくなるから、全体的にすこしゆるめで。

 

( *´︶`*)

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美しい景色たち

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疲れると富山が恋しくなる。だけれど、今あそこに私の心が休まるところがないという事実を痛いほどに知っているので、想像するに留めておく。今はもうない自室と、部屋を吹き抜ける風、その温度、その匂い。

やっぱり自分は窓が好きなのだ。窓が好きなのは風が好きだからだ。特に秋の風がいい。そういうものが自分の生活から失われて久しい。秋になれば私の大好きな秋の風が吹くけれど、今の部屋は風を通せる環境ではないし……、とにかく下手に開けると蜘蛛やらゴキブリやら入るので、開けるわけにはいかない。あれらは心の平穏をめちゃくちゃに壊すので、風よりもあれらと出会わないことの方が大事なのだ。

 

私が都会で覚えた擬似的な風は、夏の冷房とユーカリのアロマだった。あとは夏山の一日か、ケルンコンサート、あるいは坂本真綾さん、やなぎなぎさんの歌をかけておけばいい。自分の属性のものに囲まれていると安心する。

疲れれば疲れるほど静謐さを求めるのだけど、なかなか上手くいかない、実現しない。こんなことを書いていて、やっと自分で「ああ今疲れているのだな」と実感する。綺麗な空間と綺麗な空気と綺麗な色と音を求めている。切実に。

 

色温度が高いものというのがあまり好きでなく、ガラスだとか金属だとかに親しみを感じる。私は自分で気づかなかったのだけど、私の部屋というのは、どうも色彩が乏しいらしいのだ。たしかに、言われてみれば。浅葱色がとても好きだけれど、あれもスッとした色だから好きなのだ。透徹という言葉が好きだ。私は音や人に色や風景を感じるのだけど、ときたま、とても綺麗な色を持っている人がいて、そういう人が存在するという事実だけで、なんだかとても嬉しくなってしまう。

 

学校の保健室も好きだった。病院もなんだかとても落ち着いた。白い壁と白い天井と白いベッドはとても堅牢にできていて、私を守ってくれるのだ。黒も身を守ってくれるのだけど、今は白だ。たぶん夏は白で、冬は黒なのだと思う。

 

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目を閉じて、いくつかの景色を思い描く。小学校の窓と屋上。貯水槽のコンクリート製の囲いの中に侵入してみたり、高学年のときにはよく先生に屋上で給食を食べたいと懇願して、叶えてもらっていた。そんなことを人に言える自分はどこへ行ったのだろうと思う。

高校の友達の、青ペンだけで全てが記された美しいノート。彼女と一緒に体育大会のデコレーションを担当したこと。僅かながら、たしかに私の中にも美しい青春のような風景があるのかもしれない。

 

今でもそういう美しさの中に身を置きたいと願っている。私は美しいと感じたものを生涯忘れないだろうから、そのストックを増やし続けたい。それはお金があればいいというわけでなく、そういうものを感じ取れる心の方がむしろ大事なのだと思う。

 

今日もまた出かけるだろうから、そのときには綺麗な色を身につけようと思う。