今日も今日とてやきそばカレー

たのしければよいのだ

確かに疲れるけども、

やるべきことをやった上で疲れるのならば、やはり許せるものですね。わたしにとってのやるべきことは大学じゃなかったんだなあ……。

 

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事務手続きの類も9割くらい終わって、段々活力みなぎってきました。素直に嬉しいです。お台所改造計画もかなり形になってきましたし、ずっと出したかった粗大ゴミも出せたし、お世話になっている学生バイト紹介会社さんに連絡もできた。

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正直もうバイト紹介してもらえないかと思ったんですが、そこそこ真面目にやってきたおかげか(?)、今後も紹介は大丈夫だし就活の相談にも乗りますよ、と。退学と発達障害についてもお話したけど、そっか、そっかあ……って感じでちゃんと聞いてもらえて、これも嬉しかったです。

 

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ここ数日は氏(略しすぎか?)の就活を手伝っていたのですが……流石に疲れた、大変だった。

 

……復縁とかもやっぱりよくわからない。正直関係性を定義づける名前というカプセルなんて、どうでもいいのです。わたしにとって男性でも女性でも家族でも家族でなくとも、とにかく大切な人は大切で、ただ、そのとき自分ができること(役割)は瞬間瞬間で変わるだけ、というか。

 

わたしがここ数年ずっと、ひたすら感じていること。言葉というカプセルの氾濫と、それに振り回される人たち。わたし自身どれだけ言葉に振り回されたか……。

 

「普通」「発達障害」「自閉症スペクトラム障害」「慢性疲労症候群」「女性」「26歳」「HSP」「ISFP」「大学生」「    」「    」。

自分がわからなくなってネットで調べると、さもこれが正しい、お前はこれだ!と有象無象が真実なるものを突きつけてきます。そういうのは、もういいのです。知らない人に定義付けられて安心するなんて。

わたしはわたしだし、わたしの中には僕だっているし、疲労度で性格だって変わるけど、ただずっと生きてきて、一人の人間として歴史がある。その事実だけで充分だなあと思うのです。

 

わたしはずっとわたしを信じてきたはずだし、きっとこれからはもっと信じられるようになる。それだけで、いいのです。

 

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余談。最近三島由紀夫中原中也が楽しいです。安西冬衛伊東静雄三好達治北川冬彦もよいですね。欲張りだけど、また詩と小説も書きたい。昔からたまにエッセイとかショートショートとか、歌会始とか、応募してたので……。

 

最近書いた黒ゴマまんの詩を載せておきます。

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『黒ゴマまん』

 

つややかな白いまんじゅうは

ハシでつまむとスルリと逃げる

必死に 喰われまいと

身を

よじって よじって

 

しかし、ああ、

なんという……

無慈悲にもその白い身に

二本の棒が突き立てられ

中からごまあんがあふれだした……

 

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ではでは、おやすみなさい!

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眠るためのゲーム

今日は休養日です。

休養日には、とにかくとりあえず、ゲーム。ゲームもできないくらい弱ったらそのとき初めて眠ることにしています。

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わたしの脳はあまり休むという概念を認識していないようで、基本的には、常にフル稼働。家にいても外にいても回りっぱなしというか、意識が割といつもある、みたいな感じです。

 

意識があることの弊害で一番分かりやすいのは、不眠です。疲れて眠くなって自然と寝るという一連の流れが未だによく理解できていません。「眠い」と「眠る」が直結しない。そもそもの話、眠くても意識があると眠れません……。

一日の終わり、つまり疲労度が一番高いときは、考えがネガティブで内に籠りやすいので、全ての情報を遮断して「さあ寝るぞ!」という状態が完成されるほどに眠れなくなります。不眠の方なら(タイプにもよるけど)結構経験あるんじゃないでしょうか。

 

そういうときに一番気楽なのは、会話に参加しないで母と姉のグループ通話を聞いてる状態なのですが、そう都合よく自分が眠りたい時間にグループ通話が行われるわけでもなく。

最近だとNHKラジオ第一を流すというのも試しました。高い音を聞くと精神が昂ぶるので、ひたすら落ち着いているNHKは、不眠人間にとって本当にとてもありがたいです。

問題は一晩つけっぱなしにするとPCの電源が切れないことですね……。乾電池を使う昔ながらのラジオもあるのですが、これもものすごい勢いで電力を消費しそうです。

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眠るときにプレイするゲームの条件について。

 

①即応性を求められない

②頭を使いすぎない

③対人バトルが無い(競争心を煽らない)

④演出が派手すぎない

 

①は言うまでもなく。音ゲーとかはもう絶対駄目です。そもそも人差し指派は横になってゲームできないし。うつ伏せだとmasterフルコンとかできないし……。

 

②は、塩梅が難しいですね。楽しすぎると眠れないので。程よく退屈であってほしいのです。ストーリーちゃんとあるけど結構な作業ゲーとか。作業ゲーはやること決まってて好きです。目標が明確に定まっていると楽です。

 

③も大事です。自分一人とゲーム、で完結しているとよい。デレステのイベントはキツかったなあ……。今はアクティブユーザー減ってるらしいし、すこし楽になったのかな?最近はFGOしかしてないのでアイドルたちが泣いてる気がします。

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(余談ですが、うちのリーダーは限定しきにゃんでした。お友達になりたい……)

(そういえば今のFGOのお気に入りも剣式ちゃんです。志希にゃん式ちゃんだ〜)

 

④はそのまんまです。ちょっと書くの疲れたから、ここまで……

 

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デレステも好きなんですけどね。音ゲーは達成感あってとても楽しいです。deemoももう一度やりたいな。

台所の整理から社会システムまで

色々あった事務手続きが8割方終わった……気がする。やっぱり3月4月は忙しいですね。油断して後回しにすると、あとでひどいしっぺ返しを食らうから(無駄にお金を払うとか、無駄に手間が増えるとか)、今が踏ん張りどころです。

 

すこし前の記事で書いた山うどの炊き込みご飯もなんとか作りました。もうほんと、絶品です。50円の見切り品でこんな美味しいもの作れちゃうなんて……。

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えっと、あとは今、もう第何弾だか分からない台所改造計画実施中です。

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百均の便利グッズで台所を使いやすくする計画。こういうのは引っ越し当初にやっておくべきだと思うのですが、大学行ってる間はなかなか気が回らなくて。

 

発達障害でもHSPでも慢性疲労症候群でもなんでもいいんですけど、わたしと同じタイプの人たちは、こういう維持管理しやすいシステム構築みたいなのは常に意識しておいた方が良さげです。お互いがんばろう。

 

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自分の力で環境を整えるのは大事です。こういうことをしなくても生きていける(あるいは苦もなくできてしまう)人は確かに多いのですが、感覚過敏とそれに伴う情報過多に悩まされる人々にとって、維持管理しやすいシステムをつくることは本当に意味のあることなのです。

 

感受性豊かであるがために新しいもの好きで、でもそうやってホイホイ家の中に「新しさ」を招き入れると、そのうち頭と部屋の中がぐちゃぐちゃになります。わたしもかなりの頻度でぐちゃぐちゃになってます……。

 

それはもう性分なので仕方ないとして、1入れたら1追い出すとか、自分の許容量を把握しておくとか、とにかく大事です。最初のうちは苦しいと思うけど、何年もかけて経験を積むとちょっとマシになります(実体験)。家の中に入れていい「新しさ」を判別できるところまで行ったらきっと随分楽になると思います。わたしも早くその域に達したい。

 

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(すこし真面目に。システムや名前の「箱」の話)

 

維持管理というのは長年女性が担ってきた分野でもあると思います。社会で闘う男と、その男が帰る場所を守る女、というのはなかなか悪くないシステムだったはず。今はなんだか随分歪んでますけど、なんとかうまい落とし所ってないものかなあと、よく考えてます。

 

分業って、やっぱりすごく便利なんですよね。それを性別で分けるのかという疑問は残るにしても、一人暮らしをしていると「家事をしてくれる人がいるといいのに……」と思うことが多々あります。雑に言うと、女だけど奥さんが欲しい!というやつです。逆に自分がそういう存在になって専念するのもいいな、とも思います。

 

こうあるべきという社会規範や、人を役割と結びつけるシステムは最近叩かれがちだけど、じゃあ何故その社会規範やシステムが存在するかというと、シンプルに、人を守るためだと思うのです。

 

ライフコースがおおよそ決まっていることはそこまで悪いことでない。特に世の人間の大多数がそこに納れる間は幸せです。幸せの在り方が決まっていて、当然のようにみんなが幸せになれる世界。きっと長くは続かないし、続くわけがないと思うけども……。

納まることのできる箱があるという安心感は生活の基盤にどうしたって必要です。帰れる家がある、分かりやすい肩書きがあるといったごく簡単な事実は、本当に人の心を救ってくれる。それらは確かに私たちを縛るものではあるけれど、同時に私たちを守ってくれるものでもあるはずです。

 

人は社会的な存在で、孤立するのが怖いから色々な立場に名前をつけて、その中に自分の身を納めてしまう。同じ名前を持った者同士は連帯感を持つようになって、強固な絆が生まれたりする。

 

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「絆」の文字には二つの読みがあります。「きずな」と「ほだし」。「ほだし」は、「きずな」の負の面を意味していて、デジタル大辞泉さんには「人の心や行動の自由を縛るもの。自由をさまたげるもの」とあります。

 

これは人間関係に限ったことでなく、ありとあらゆる関係性に通じる話だと思います。最近はなんだか「ほだし」の方ばかり見ている人が多くて、すぐに気に入らないことを叩く光景を見かけるので、なんだか疲れます。

 

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時代はどうしたって変化していくもので、きっとそれに抗うすべは無いと思う。ただ、何もかもを急に劇的に変えていいわけじゃない。

 

物事を変えるにしても穏便にやるべきだし、今現在に適さないもの・人・システムだったとしても、それらに過去救われていた誰かもいたはずで、ただ叩いて壊すという無粋な真似はするものじゃないと思います。

 

自分の一番反対側の立場にいる人を慮って、その人たちの意見を聞いて、お互いに話し合って妥協して結論を出し、実行する。

とても骨の折れる作業だけど、頑張りましょう。わたしも日々頑張るので。

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真綾ちゃんとFGO

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最近は式ちゃんが好きで式ちゃんばかり描いてます。FGOは結構な時間を持っていってくれるので、やめようかと何度も思ったけど、式ちゃん可愛いし色んな人とのご縁もあるしで静かに進めております。

twitterやめたからネタバレの心配もないし、ゆっくり人理修復しようと思う。あと意外と歴史の勉強になるし面白い。歴史は苦手意識強いけど楽しく覚えられる。

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(キャメロット、しんどいです……)

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2部OPの「逆光」がすごく好きだなあ。AメロBメロの不安定さから一変、開放感と希望に満ちたサビのギャップがとてもいい。苦しいけど大変だけど前に進むぞ、希望はあるぞ!って感じ。

 

真綾ちゃんは言葉の選び方、センスがすばらしくて、彼女のまっすぐで透明感のある声と合わさると、すごく美しくて哲学的な歌になる。

「美しい」って言葉はどうにも文語的で普段使う機会がないけれど、真綾ちゃんは本当に「綺麗」ではなくて「美しい」の方の人だよね。

 

(真綾ちゃんというより真綾さんだと思うんだけど、姉の影響で真綾ちゃんと呼んでしまっている……笑)

 

FGOは真綾ちゃんが主題歌担当するばかりかダ・ヴィンチちゃん、式ちゃん、アレキサンダーと色んな声を演じてくれていて、嬉しい限り。

 

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実は先日ライブに行ってきたんだけど、彼女の歌はあまりライブ向きじゃない気がして、ちょっと違うかなあ……と。ただ、あの場にいるファンがみんなすごく真綾ちゃんのことが大好きで、愛されてるんだなあっていうのはすごく伝わってきたから、なんかいいなと思った。

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おかたづけ

 

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大学の方は落ち着いて、今は大学以外のことを毎日片付けてます。写真だと休学願も写ってるけど、そこはしっかり退学してきたので、大丈夫です。まだ連絡待ちだけどね!

大学以外のことっていうのは、バイト先に制服返却するとか頭下げるとか、色んなところに報連相するとか、溜まりに溜まった家事とか、そういうのです。

 

頑張れば頑張るほど新陳代謝が激しくなるらしく、昨日は全身どろどろでした。父さんの遺伝ですね。シャンプーで4回洗ってもスッキリしなかったので、結局ボディーソープで頭洗いました。皮脂を根こそぎ持っていってくれる。有用。頑張った日は抜け毛もひどいし、なんかわかりやすい。しかしフサフサ。自分で犬のようだと思う。

 

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ここ2、3日の話。

まず連絡できてなかった某氏を訪ねました。彼の家は網戸がないのですぐゴキブリが侵入して大変そうです。洗剤より何よりお湯が効果的だということに気づいた。フローリングだと後片付け簡単でいいですよね。

コンサータが無くなってるようなので、とりあえず一緒に病院まで付き添い。診察待ってる間は暇なので、ナノブロック組み立ててました。

 

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お茶の水周辺をぶらぶらして楽器店見たりギター制作学校?見学したり。楽器店のお兄ちゃんが「なんで手にナノブロック持ってるんですか笑」って話しかけてくれて嬉しかった。鞄に入れるとバラバラになるんですよ〜って答えておいた。

最近一人で散歩することが多かったけど、やっぱり気の置けない人との散歩は楽しいですね。

 

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それにしても家事のおかたづけが、結構、ほんとに、大変……。半年ほどね、色々忙しくておざなりにしてたから。

大学辞めて本当によかったと実感してます。大学行くせいで日々の生活とか目の前にいる人たちを大切にできないなんて、改めて、馬鹿らしいです。

 

排水溝がどろどろだったのでキッチンハイターと熱湯かけてから歯ブラシと激落ちくんでごしごししました。キッチン周りはもう少し綺麗にしたい。が、今日はもうくたくたです。

あとはお皿洗って、テキトーに焼うどんつくってお皿洗って、掃除機かけて春服すこし出して、色々ゴミも出して……という感じ。

 

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(ワイングラスでお茶を飲むと優雅な気分になれて楽しいです)

 

見切り品の山うどが冷蔵庫で調理を待っているので、今夜は山うどの炊き込みご飯を作りたいなあ。旬のものはとりあえず炊き込んでしまうと大変おいしく、味覚で季節を感じます。

山うどもそら豆もとりあえずご飯と一緒に炊いてしまえばいい。ちょっと繊細なやつは混ぜご飯にしてもいい。炊き込みご飯とちょっとした汁物があるだけでなんだか幸せですよね。

 

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そういえば、最近国会中継が面白いことに気づきました。正確には「国会中継は理解できればめちゃくちゃ面白いに違いない」ということに気づきました。なんとか理解できるようになりたいものです。政治わかるのはだいじだよねー。

 

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(吹き出しがよぼよぼしてるけど、他意はないのです……)

考えること、学ぶこと、自分のこと

最近妙な違和感を抱くことが多くて、仕方ないのでずっと考え続けている。学ぶこと、ネットのこと、人と人との違い、表現の違い。何をどうやって大切にするか。なぜ集団教育に適応できなかったのか。

 

どんなことでも「理解できない」で終わるのは大嫌いなので、ここ数日は考えっぱなしだ。おかげで花見にも行けてない。

そろそろ考えをまとめて桜を見に行きたい。書いてしまえば安心できるし、ちゃんと終わらせることができる。

 

 *

 

人と関わるたびに何度も「この人と自分は違う」「この人とあの人は違う」とその違いに驚かされる。twitterを見てるだけで本当に色んな人がいるのだと実感する。言葉の使い方(ひらがなとカタカナと漢字との割合、口癖、一人称の多い少ない等)、考えを書くのか気持ちを書くのか、写真を上げるか(上げるならどういう写真でどのようなタイミングで上げるか)、アイコンに何を使うか、プロフィールに何を書くか、個人情報をどれだけ晒すか、ポジティブかネガティブか。千差万別とはよく言ったもので、とにかくみんな違うのだ。更新頻度もまちまちである。

 

(ところで窓から差す日差しがまぶしい。ついでに熱い)

 

わたしはとにかく見て理解したいタイプのようだ。たまに難解に世の中の理屈を書き記している人がいると、そんなの見たらわかるじゃん!と思ってしまう。言葉で学ばせる文化には向いていないのだと思う。言葉で学ばせるのは効率的だけど、言葉で学べる人しか学べない、というのが欠点である。この欠点がいまいちピンと来ない人も、きっと多いんだろうなあと思う。

 

とにかくこういったやり方にはとことん向いてないようで、しょうもないので退学願を出す羽目になってしまった。理論より実践、実践したのちに自分で理論にすればいいと思う。理論というほどたいそうなものじゃなくても、とりあえずなんでもこうやって書き残しておく。ネットはなんでも簡単に消えたり書き換えられてしまうから、最後にはアナログな方法に行き着く気がする。ペンと紙があればいつでもどこでも絵が描けるし文字が書ける。アナログは最強なのだ。

 

体調によって認識や理解の仕方に多少変動はあっても、基本的には見て記憶して感覚で統計を取って、最終的に言葉で表現するタイプのようである。言葉は何かを学ぶためにあるのではなくて、表現の最終段階で使うか、あるいは答え合わせに使うことが多い。

 

wikiが好きな人はたくさんいると思うけど、wikiの知識を学ぶために使うのか、答え合わせに使うのか、みたいな違いだ。最初から答えが書いてあってそれを覚えるのって、ちょっとつまんない気がする。自分で考えて予想して言語化して、それから文字の知識(先人たちの経験の詰め合わせ)で確認する。

合ってるとおおーって気分になるし、間違ってるとふむふむと思う。なんなら昔の人の考えに文句をつけてみたりする。そうやってものごとを知るのはとても楽しい。経験によって強化される感覚もあって、それもやはり、とても気分がいい。

 

とにかく何かを考えて理解するのは楽しいし、そうやって学ぶことは学問的にもとても正しいあり方のような気がする。そんなわけで、根っこのところではものすごくポジティブである。正しいという確信を持てて、それを実践して生きていけるのは、きっと幸せなことなんだろう。いつまで続けられるのかわからないけど、なんとかこの正しさは守っていきたい。

 

 *

 

どうしようもない短所として、自分の記憶と自我から離れられないので、どうしても自分語りが多くなってしまう、というのがある。こういうのをちゃんとはたから見るとキモいのでは???と疑いを持つこともまた、大切なのだと思う。

 

 

本当に最近自分のことしか書いてないんだけど、どうしましょう……。

やったこと、やりたいこと

目指せ有言実行

 

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心さえ元気なら興味関心は尽きないもので、世の中には面白いものがたくさんあって、とても幸せだなあと思う。基本的に自分がやりたいと言ったことは全部本気で言っていて、ただ、それら全てをやるにはお金も時間も体力もかかりすぎるので、やむなく一部だけ実行している。そんな感じ。

 

とりあえずLINEスタンプつくるのは何度も言っていたので、それが達成できたのはとてもよかった。

 

無口な子 - LINE スタンプ | LINE STORE https://store.line.me/stickershop/product/3147505/ja

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あともうひとつ、今月中に和装して大学で精神的卒業式を勝手に開催しようかなあと思ってます。袴でもいいんだけど、それよりこの前買った半幅帯試したいです(袴だとほとんど隠れちゃう)。

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着物好き!もっと着たい〜

 

壊れて失われること、変化

何かを変えるっていうのはつまり壊してつくることで、ものすごいエネルギーを消費する。

昨日退学願と休学願の両方をもらってきた。後者は保険のようなもので、結局使わないことになると思う。

 

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昨年の夏から、明らかに目に見えてたくさんのものが失われた。愛犬の死をきっかけに、まあ色々なことがあって、たくさん一人で判断して、たくさんのことを自分で動かして、最終的に収まるべきところに収まっていった。

わたしは自分でものごとを動かす力が無いように思えていたけど、それはただの思い込みだったし、「そういえば過去にもこんな風に何かを自分の手で動かしたっけ」と忘れていた感覚が蘇ったりした。

 

たくさん考えて必死にやってたと思う。間違ってはいなかったし、結果として今、長い間温め続けた集団教育への想いをようやっと手放そうとしている。

ただ、間違って「は」いなかったけれど、たくさんのものが失われた。こんなに色々なものを壊す時期は、もしかしたら人生で初めてかもしれない。

 

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一番気に入っていたイヤリングを無くしたり、ピーラーがどっかいったり、キッチンタイマーは水没させたし、眼鏡も踏んづけた。クリスタルのコップもお茶のポットも割った。彼氏は元彼、もとい最高の親友氏になった。これは、もうすこし考えがあってのことだけど……。

 

夏のあのパピの死からずっと、何かを変えなきゃいけないと思って、たくさんのことに手を出して、同時にたくさんのものが失われていった。変化っていうのは本質的にそういうものなんだろうけど、結構堪えた。

12月あたりから、もうかなりやばかった。体の具合もひどくて、胃痛で全くものが食べられなくなったりした。食べることが大好きなのに全く食欲が湧かなくて、あれはあれでショックだった。

 

そういえば、一番失って堪えたのは、後期の単位だった。本当に真剣に、ほんの2ヶ月前まで、卒業しようと思っていたのだ。実際できると思っていたし、苦しくてもやり抜くつもりだった。

 

年末年始はそれなりに楽しくて華やかだったけど、東京に戻ってからが本当にひどかった。結局冬休み中にあったゼミの4年生の卒論発表会を最後に、全く大学に行けなくなってしまった。

あのときの記憶はもやもやとしていて、うまく思い出せない。ぼうっと、「ああ今日も行けないなあ。救ってあげることもできないや」と考えていたような気もする。実際にはひどく泣いていたかもしれない。

 

わたしは昔から泣いてばかりで、歳を重ねていったら涙の量は減るものだと思っていたけど、そんなに、思っていたほど減らないようだった。

 

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今まで試験を受けられないときには、何とか大学と交渉して代替レポートを課してもらうとかして、自分を救おうと試みていた。それは直接単位を救うことでもあるし、後期ずっと頑張ってきた自分の気持ちを救うことでもあった。

 

たくさんの苦しみを経験した結果、わたしの中には「自分を救えるのは自分だけだ」という確固たる思い、確信があって、できる限り歯を食いしばって自分を救おうと努力してきた。これは今も変わらない。

人は一人では救われないけれど、差し出された手を握るかどうかは、結局自分にかかっている。わたしは、後々「どうしてあのとき自分を救ってやらなかったんだ」と後悔するのが嫌で、とにかく何とかして自分を救おうと努力してきた。そういう自分が好きだし、そういう自分だからまた救ってやろうと思える。

 

それなのに、今回の一連の流れの中で、わたしはもう全くなんにも手が出せなくて、なんて自分は無力なんだろうと思い知らされた。それは無力になってしまうだけの理由があって、わたし自身大いに納得してるけれど、本当に何もできなかった。疲れてしまっていたのか、とにかく限界だったのか。

もともと許容量は大きくない方なのに、たくさんのことを抱えて、一人で潰れた。結果としてよかったのかもしれないけど、反省すべきことも学びも、とても多かった。

 

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今もまだ結構な余韻というか、自分で抱えきれない何かを抱えている。好奇心旺盛でなんでも手を出すのはやはり考えものかもしれない。

 

ものも人との関係も、大切にしないと簡単に失われてしまう。自分が大切にできる範囲を把握して、本当に大切にしたいものが常にその内側にあるようにする。そういうのがとても大事で、ずっとこれからも意識し続けなきゃいけない。失いたくないと思うものは昔よりずっと増えたと思う。

中途半端に関わって何かを傷つけたり壊したりするのは、あまり褒められたことではない。それでも何か新しいことを始めるのは楽しいし、人生の醍醐味くらいに思っている。基本的には、壊したら直せばいい、またつくればいいとも思っている。

 

ただ自分の気持ちは有限で、どうしても失いたくないものだけは常にはっきりと意識を持って内側にやって守っていかないと、それはもう呆気なく失われるんだと思う。まだ致命的な何かは失ってはいない(はず)だけど、今のままだときっとまずいし、その辺は今後の課題というか、頑張らなきゃいけないことなのかもしれない。

 

それでもどうしても壊れてしまうものもあるから、それは思いっきり自分を甘やかして、よい変化として受け止めてやろうと思う。

 

誰に向かって宣言してるのか分かんないけど、とにかく最近はそんな感じです。

相転移

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26になっても寝込むときは寝込む。仕方ないとわかっているけれど、まあ悲しい。体が動かないという悔しさと、それすら疑ってかかる自分がいるのだから始末に負えない。確定できることなんて何もなくて、何かを決めるのはいつだって自分自身で、「ちゃんと」自分で決めるというのはただひたすらに厳しい。

しかし、やらねばならない。

 

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わたしは「ちゃんと」という言葉をよく使う。「きちんと」よりも音も意味もほぐれている気がして好きな気がする。ちゃんと。

どうにも苦労の多い人生だけど、楽しいときはちゃんと楽しく、苦しいときはちゃんと苦しい。嘘のない人生という感じもする。少なくとも生きているという実感はある。

 

理屈も感情も一つ一つに手応えがある。突き詰めてみれば、別に自分の人生が嫌いということは決してなくて、味わい深い豊かな人生だとはっきり断言もできる。大量生産されない人生というのは、まあ重い。聞く側も重いだろうが、それを生きる本人にとってこんなに重いものはないのである。人に語るときはある程度緩和して語らなければならない。本気で話すと胃もたれを起こす気がする。

 

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数年前まで、もう少し見てくれをよくしようと思っていた。このブログの記事を何個か読んでみればわかると思うけど、使う文体に統一感はないし、実生活でも言葉や考え方、一人称ですら、揺れる。一人の人間の中によくもまあこれだけ詰め込んだものだと自分でも思わないでもない。

とにかく日によって体調が変わるし、それに伴って人格みたいなものも変わるので、使う言葉も多種多様、なんならその日その日でわたしは毎日違うと言っても過言ではないだろう。

でもそれは当たり前で、だって昨日の自分と今日の自分には1日分の経験の差があるのだから、違わないはずかないのだ。

 

昔はその違いをもう少し整えようと思っていた。具体的には使う言葉の統一と、ネガティブな自分とポジティブな自分を切り分けようと思っていた。誰にでも経験のあることだと思う。ペルソナは何のためにあるかといえば、使い分けるためにあるのだ。仮面を持っているのに然るべきときに被らないという人はなかなかいないだろう。

ここではこういう自分を出す、と無意識でも意識的にでも決めてしまって、それを容易く実行できる人は大勢いると思う。そして、そういう人は社会のレールから外れにくいんじゃないかとも思う。

どうもわたしはペルソナを被るのが苦手で、何ならその日その日で新しく仮面をつくりあげているようである。それはもう仮面じゃないんじゃないか、という気がしないでもないけど。

 

人にみっともないところを見せないようにしようと何度も思ったけれど、どうにも難しく、もう仕方がないから全部諦めて受け入れてしまって、さらけ出してやろうと思って、今もこういう文章を書いている。鍵垢だとか限定公開やら、あれはそれなりに器用な人がするものなのだな、と思った。わたしはその点全く器用じゃないので、もう一つのところに全部ぶち込んでいいだろうということになった。

リアルで仮面を被れない人間がネットで被れるはずもなく、被れないのならそれはそれでもう仕方ないのだから、こうしていろんな自分のごった煮みたいなブログが出来上がっているのである。テンションの差に未だに辟易するけど、それが自分なのだから仕方がない。

 

仕方ない、という言葉は弱気なように見えて、「ちゃんと」諦めてしまっているから、これほど強い言葉もないだろうと思う。三島由紀夫の「命売ります」を読んでいると、あの主人公の妙な強さは全てをちゃんと諦めてしまっているからだとわかる。まだ数十ページ残っているからどうひっくり返されるかわからないが。

 

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今更とことん弱くなることもできない。たくさん諦めてきたから、今もとことんネガティブな文章を書くことができない。弱くなるのは本当は楽なのだ。楽になってしまいたいが、だって今もわたしは生きていて、これからも生きるのだから、そんな大真面目に弱くはなれないのだ。

 

いつもそんなつもりはないのに、書き終えてみればやたらと力強くなって、変だなあと自分で思っている。

 

 

品川やきいもテラス

最近は焼きいもの屋台を見ませんね。焼きいも美味しいのに。お洒落なキッチンカーでコーヒーとか異国料理を提供するよりもまず、おいもを売ってほしいのです。

 

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品川やきいもテラスは去年も噂だけは耳にしていて、行きたいけどちと遠いな、と諦めていたイベントです。今年はがんばって焼きいものためだけに、遠路はるばる行ってきました。

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 電車で移動中に公式twitterを見たら、ただいま3時間待ちです!!ってなってて一瞬挫けそうになりました。

 

焼きいも待機列≒遊園地のアトラクション?

 

会場は品川シーズンテラス。品川駅から歩いてすぐです。途中SONY本社ビルがあって、SONY信者として個人的に盛り上がりました。

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会場はすでに焼きいもを求めてさまよう焼きいもゾンビでいっぱいでした。さて、どの列に並んだものか……。ぐるっと一周して、結局「石焼き芋 のぐち」さんの待機列に加わりました。一人で来てるし本当に3時間かかったらトイレとかどうしよう……って心配だったんですけど、無事1時間かそこらで念願の芋にありつけました。写真はのぐちさんとこの紅はるか。とろあまです。

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もう一つ、気になっていた「あめんどろや」さんの芋蜜けんぴも購入。こちらはお土産専用レーンがあって、すぐに手に入りました。

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芋蜜はその名の通りおいもからつくった蜜で、ほんのりすっぱくて素朴な味がしました。細い芋けんぴがとても気に入ったので、自分で揚げてつくるのもいいなあと思ったり……。手土産に良さげです。煎茶と一緒にいただきたいですね。

 

「あめんどろや」さんは千駄木にお店を構えていて、大学芋や芋蜜をかけたソフトクリームも売っているみたいです。商品の少なさとかホームページの雰囲気を見てると良店感がひしひしと伝わってきます。こういう心がちゃんとあるお店がちゃんと生き残れる社会だといいなあとか思ってしまいます。

 

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おいもといえば、最近のさつまいもはものすごく進化してまして、シルクスイートなんかは「芋、やめました!」っていうレベルでとろあまです。焼くと芋の形をしたスイーツになる。とにかくなめらかで、植物繊維的な食べにくい筋とか、ありません。

シルクスイートの前は紅はるかも話題になってたけど、いやはや……。オーブンで焼くだけで十二分に美味しいのだけれど、ここまで美味しいとなんかかわいそうになってきます。植物としてのプライドとか、どこ行っちゃったの?って。人間が捨てさせたんですけど。

 

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芋、食べましょう。

買ってもいいし自分で焼いてもいい。できれば落ち葉焚きがシチュエーション的に最高ですけれど、ド田舎でもない限りむずかしいので……。最近はスーパーで軽妙な音楽を流しながら売られているのを目にします。あれでいいので、買いましょう。時代はおいもだ!