今日も今日とてやきそばカレー

たのしければよいのだ

自分の救い方

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社会に受け入れてもらえない自分を好きになるっていうのはすごく難しい。嫌いから好きに転じるまで何年もかかるし、好きになったと思っても何かの拍子にまた嫌いになったりすると思う。

大変なものを抱えた誰かが自分のことを好きになれたと実感したとき、大抵みんな自身の努力、家庭環境、お金、人との巡り合わせとか、そういうものに恵まれたって話す人が多いように思う。この「恵まれた」って言葉はある意味で真実だけど、じゃあ恵まれなかった人たちはどうするの?という問題が残る。恵まれたという言葉で片づけることは論理的には正しくても、本当に苦しい人たちの希望にはならない。

 *

世の中にはとても大変な環境に置かれている人がたくさんいて、そういう人たちは本やネットを使って何かないか、何かないかとずっと探し続けていると思う。探す手立てさえない人もきっといる。それでも涙を流して息を切らして、希望を一生懸命探そうとする。わたしも何度も(今でも)経験してきたけど、そういった苦しみに慣れることは全くなくて、いつも新鮮に苦しい。

今の時代は幸福のハウツー情報であふれている。これらは、何かに救われた人が同じように誰かを救いたいと願って、自分の経験が真実だと信じて書いたものだ。別に何でもいいんだけど、早寝早起きで幸せになれる!運動で幸せに!!瞑想で!!!みたいな情報であふれてる。それを見ていると、意外とみんな別々のもので救われていて、しかも矛盾している内容もある。

つまり、悲しいけれど「これさえあれば救われる」というたった一つの何かは存在しないんだと思う。

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当たり前だけど人はみんな違う。姿かたち、性別、五感のバランス、認識の仕方、性格や価値観、そして家庭環境や社会階層にいたるまで何から何まで違う。だから自分を好きになったり自分の人生を救いたいときにはオリジナルなやり方を考案するしかないのだと思う。

早起き一つとっても色々な方法があって、大音量の目覚ましを使うとか、誰かに起こしてもらうとか、早起きする!って宣言するとか、道具から精神論までなんでもある。どれがそのときの自分に合っているかは、やってみないと分からない。

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たくさんのことを試して、失敗と成功を積み重ねて、ようやくオリジナルの「自分の救い方」を完成させたとする。でも人間は一人で生きているわけじゃないから、誰かを好きになったり嫌いになったり、いじめられたりいじめてしまったり、状況は刻々と変化する。人間だけじゃなくて、環境……たとえば災害によってある日突然すべてが失われたりする。1からどころか0に近い状態からやり直さなきゃいけないこともある。

一生幸せでいたいなら、一生かけて人は自分を幸せにする方法を探し続けなきゃいけない。自分でも書いててうんざりするけど、人生ってたぶんそういうもので、本当に、途中何度も放り出したくなる。

 

まあでも、そうやって生きることで「ああ生きてるな」って実感できたりする。意味のある人生を送っていると思えてしまったりする。苦しいけど幸せなのかもしれないとか思い始める。……ような気がする。

潮時

そろそろ、というやつ。

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 * * *

これからどうしようもないことを書きます。もういい加減向き合わないといけないし、向き合うだけの体力気力もあるだろうと見込んで、どうしようもないことを書きます。

自分の人生を生きているという自覚を持つべきだな、と思ったのです。

昔からいろいろなものに対して敏感で、軽度のものから重度のものまでたくさんの病気にかかりました。
小2のころの登校前の頭痛、中学年には胃痛がして、小5で心因性頻尿。不登校保健室登校を経て中学、高校と進み、今度は膿疱性乾癬。このときには1週間入院して全身の皮膚が剥がれ落ちました(誇張表現でなく)。ひどい画像なんですけど、それだけストレスがあった証に載せておきます。

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痛くはなかったので大丈夫(?)


こんな有り様になると両親はとても心配するわけです。わたしだって同じ立場だったらめちゃくちゃ心配します。この病気と祖父の死がきっかけで、高校も行けなくなり、2年生12月に高認を取得、翌年の3月に中退することとなりました。
本来なら3年生であるはずの1年間は愛犬とカメラとホルンと粘土などでテキトーに過ごし、みんながセンター試験を受けている日には母校(退学済み)の周りで飛行機を撮っていました。なんとなく正門に行くと1年生のころの担任がいて、カメラの話を少ししてから帰宅。

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わたしは記憶が乏しいのですが、センター試験の少し前に「そろそろ勉強しようと思う」と親に宣言していたらしいです。4月から本腰を入れ始めて、それはもう酷い、浪人生(実質初受験だけど)としての1年が始まりました。
やっぱり集団教育に馴染めないので、東進のVODを使って自宅受講を繰り返す日々。第一志望の大学はぜんぜん駄目だったので、センター利用で受かっていたこじんまりとした大学に行くことになりました。
この辺の決断をどうやってしたのか、今となってはよくわかりません。そもそもなぜ東京に行こうと思ったのか、なぜ一度も足を運んだことがない、全く知らない大学を滑り止めにしたのか。たぶん前者は「みんなそうしていたから」で、後者は立地だったのかな……?

 *

遂にはじまった大学生活も、やはり酷いものでした。小学校のときには「中学は違うから大丈夫だよ!」と、中学のときには「高校は違うから~~」、高校のときには「大学は~~」。希望を持っては裏切られ裏切られ、大学でも駄目だったときの絶望感は半端なく堪えました。
体も心もだめになって動けなくなるたびに、実家から両親が迎えにきました。今振り返っても壮絶ですね。1か月か2か月に1回は富山に帰っていました。そして、この頃にようやく発達障害の診断が下されます。自閉症スペクトラム障害。地元の主治医は「高校生の時点でわかっていたけど、あなたにとってまだ必要でない情報だと判断したから、言いませんでした」と。

 * * *

今はこの頃に比べるとかなりマシです。上京当初はスーパーに入ることすら苦痛だったので……。どこに行っても未知ばかり。情報と情報と取捨選択。今振り返ると、そんな状況で大学に行けないのは当たり前ですよね。
それでも東京に来てよかったし、一人暮らしをしてよかったし、大学にも行けてよかった(今も行ってるけど)。苦しんで試行錯誤したおかげで、すこしは世界のことが分かるようになりました。政治、歴史、哲学、経済、社会。そして、それらを構成する一人ひとりの人間。

 *

ここら辺が多少なりとも理解できるようになったは、大学での勉強と彼氏のおかげでしょうか。当然と言えば当然ですが、わたしは数年前まで猛烈な知的コンプレックスを抱えていました。「学校に行っていないわたしは、きっとみんなが知っていることを知らない。怖い。馬鹿にされるに違いない」と。
彼氏とはSNSで知り合いました。この人面白そう、とわたしから声をかけたのがきっかけです。あちらは大変頭がよかったので正直怯えそうになったのですが、知り合った時点で「僕は君が何かを知らなくてもそれで馬鹿にしたりはしないし、むしろ教えてあげたいと思う」と言ってくれて、このたった一言のおかげで、かなり救われました。その節はありがとう。

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 * * *

わたしには生きるための事前情報があまりにも足りなさすぎたのだと思います。その情報もすこしずつ揃ってきて、去年からはやっと長期バイトも始められた。だからそろそろ、親の庇護下から、ゆっくりと出ていかなければならない。
わたしは未だにかなりの頻度で体調を崩します。発達障害慢性疲労症候群の、26歳大学3年生。昔より「自分」がしっかりできていて、世界のことも少しだけわかる。自分の個性も好きだと思っている。

そろそろ、自分の人生のことを自分で考えることができるんじゃないか、と。何かを決断するだけの力があるんじゃないか、と。そういうことを真面目に考えなければいけない時期に来ている気がします。

年末年始の一騒ぎと、その余韻

27日に富山に帰って、28日はおねえちゃんのお友達とリースづくり体験。30日は数年ぶりに幼馴染と会って、お茶とゲーム。おばあちゃんともたくさんお話できたし、工場カフェやアン・ファミーユのケーキもおいしかった。

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空いた時間で現代コミュニティ論とイスラーム世界についてのお勉強をして、ちょっと遅い年賀状を書いて、ついでにホルンのお手入れ。

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3日の誕生日にはたくさんの人が祝ってくれてうれしかったし、4日は幼馴染とその彼女さんとゲーム三昧で、これもとてもたのしかった。そのあとすぐ富山駅に向かって、夕方の新幹線でこちらに戻りました。

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……たのしかったのは大変、それはもう大変よいのですが。やっぱり東京に戻ってから、体調崩しまくってます。

結局年明け一発目のバイトは行けませんでした。すぐ何かに夢中になって頭どっかいっちゃって、疲労に気づかなくて、あゝかなしいかな、負のスパイラル。

もう8日なんですね。知ってたけど知らなかった。さっき「よく考えたら次の金曜と月曜にテストがあるじゃないかー!!」と、すこしパニックになりました。

  ✳︎

自分がどこまでできてどこが限界なのか、いまだによくわかりません。発達障害とか慢性疲労症候群という言葉に縛られすぎているような気もします。思い込みが激しいと、便宜のための言葉がそのまま本当になって、症状に拍車をかけるのです。

そういう意味では信じられるものは本当に少なく、やはり全てを疑ってかからないといけません。常識と言葉と、自分が実際に感じている(はずの)体調でさえも。

 

わたしは毎日安定して体が動けばそれでいいのですが……。たのしかったから、いいのかな?

いいのかなあ。

解禁

これが2017年最後の記事になりますね。

 

前々回。自分が今死んだら、誰もわたしの頭の中で考えていることを知らないままになってしまうんだな、というような内容のことを書きました。

 

だから話すことにしたのです。ここまでの人生幸か不幸か、考える時間は山ほどありました。腐るほど時間があって、でも誰にも伝えられずに頭の中で実際に腐っていった「なにか」。わたしが話さなければ、話さないまま死んでしまえば、本当に誰にも知られずに終わってしまうのです。頭の中で腐っていったことさえ、きっと知られることはないのです。

 

わたしは一生懸命生きてるし全然死ぬ気もないけれど、それでも死がそこらへんに転がっていると日々実感して生きています。わたしだけでなく、誰でもそうです。いつ死ぬかなんてわからない。

 

わたしが死んだあとに何も残らないとは決して言いませんが、それでも人より残せるものが少ないように思えてしまいます。学校に行かず人とつながらない生活はある種とても平和でしたが、今はそれが怖くてたまりません。

歴史というものは観測する他者がいてはじめて成立するものです。観測されるためには頭の中のものを表に出さなければなりません。表とは、すなわち社会です。人とつながらなくてはなりません。

 

自分でもなぜ死んだあとに何かを残したいと思ってしまうのか、よくわかりません。生きた証を残したいのかな。社会との関わりが希薄だからこんなことを思うのかもしれませんね。

 

わたしは確かに存在して、こんな人間でこんな人生でこんなこと考えて感じてて……。そういった全てをどこかに残しておきたいです。デジタルにもアナログにも、人の心の中にも。

 

そんなかんじです。

ではでは、みなさん良いお年を!

最近のお買い物

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正しくは使いすぎてお金がないのです……。

 

  ✳︎

 

今年(特に後半)はたくさんお買い物をしました。これもひとえにソフバン長期ご契約者様特典のおかげです。

 

  • 契約更新のたびに3000円分の期間固定Tポイント
  • 上記に加えて毎月500円分の期間固定Tポイント

 

さて、ここで問題となるのが「期間固定」Tポイントです。この定義をちゃんと確認しないと、楽天派だったのにyahoo!ショッピング派に転向する羽目になります。悔しい。でも使っちゃう……。(Amazonはなんとなくいけ好かないのであまり使わないようにがんばってます)

 

期間固定Tポイントという言い方だけ見れば、1か月かそこらで期限切れるんやろなーとか考えると思います。それなら何故「期間限定」という言葉で表現しないのか。

 

利用先が固定されているからです!!

 

ソフバンの長期契約特典でもらえるTポイントは、利用先がヤフージャパンだけに固定されてます。

 

そいでもってですね、最初にまず3000円分来るわけです。わたしは普通のTポイントだと思い込んでたので、ファミマで利用でもしよかな〜〜おやつ代GETだぜ‼︎と無邪気に喜んでいたのですが。

で、いざポイントが付与されて気づく「期間固定」の意味。こういうことがあるので、記載内容はしっかり読みましょう。米印ついてるとことか大事ですね。

利用先が固定されているとはいえ、3000円はでかい。なにか買いたくなります。紅茶とか文房具とか。

 

以下は期間固定Tポイントを利用して買ったもの一覧です。

  • デスク(レポートで追い詰められてたときの写真なのでいつもこんなぬいぐるみ盛り盛りじゃないです)
  • カーテン
  • 万年筆のインク(iroshizukuの露草)

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全然3000円に収まってない!カーテンに至っては1万超えてますよ!!

見事してやられたというか、なんというか。きっとバイトも始めて気が大きくなっていたのだと思います。でもASDにとって環境構築はヒジョーに重要だと考えているので、後悔はないです。

 

もっとお金かせいでもっと使いたいな♡

ゼミのはなし、無限遠点で交わる自己と他者

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さいきん、ふと、今わたしが事故かなにかで死んだら、わたしの人生の詳細がほとんど誰にも知られずに終わるのだなあ、と思いました。

そんなのってサイアクです。
だからやっぱりこうやって文章に残しておかないといけない。わたしが中学時代保健室で皿回しの練習してたこととか、しいたけの菌床栽培のコツとか、見たこと感じたことはどこかにちゃんと読める形で置いておきたいのです。

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不登校時代に楽しんだ、しいたけ菌床栽培

 

 * * *

きょうはゼミでした。
ねむくてだるくて行きたくなくて、でも仕方ないので、すこし遅れて教室に入りました。先生がテクスト分析について説明していたんだけど、ちょっとわかりにくい感じだった。うちの先生は学科全体の中でかなりデキる人(だとわたしは思っている)で、ただ、とても頭がいいので抽象論に偏りがちなんですよね。

先生は、昔の学者ってかんじの人。出席はあまり気にせず、発言とかレポート内容で成績の判断をしてくれるので、個人的にはたすかってます。

もっと堅苦しくないかんじでゼミをしていきたいんだろうけど、今の3年メンバー(わたし含む)がすごく内側に向かう人間ばかりで全然なかよくならないので、たまに先生が「ああこの空気どうしよ……」ってなってる。もういっそ毎回お茶菓子買ってくることにして、食べながら気楽にやってもいいと思うんだけどねー。

 *

そういえば前期は柄谷行人『探求Ⅰ』をみんなで読みました。このブログでも何回か取り上げてたかな。ウィトゲンシュタインってなんか好きです。死の衝動と闘いながらも最後まで生きて、それでいて「素晴らしい人生だったと伝えてくれ」って(wikiより)。わたしもそうありたい。ていうかこれ読んだとき、絶対死ぬときは同じこと言ったろ!!って思いました。

言語ゲームの考え方もとても共感できる。今の年齢だからこそ、かな……。前半読んでるときは「これはどういう結論に落ち着くんだろう」ってずっと気になってました。「人間の相互理解なんてムリムリかたつむりだよ!」で終わるのか、「いやでも余地は残されてるからがんばろうぜ!」なのか。結局後者だったようです。

最後のあたりは同じ3年生の男の子がすごくうまくレジュメにまとめてくれて、おかげで理解しやすかったです。ユークリッド的と非ユークリッド的、だっけ。何にせよ、わたしは「いやでも余地は残されてるからがんばろうぜ!」な結論でうれしかったのです。他者と無限遠点で交わることを信じて、わたしも生きていたいと思うし。

ちなみに読み終わったあと一人ひとり感想を言っていったのですが、わたしは「これどうやって終わるんだろうってずっと思っていて、でもすごく希望のある終わり方でよかった」って話したんですよ。それに対して先生は「わたしは○○さんが言うほど希望があるとは思えないですね。他者と向き合うことはとても泥臭くてしんどい作業で、今も国際社会でうんぬんかんぬん」といった感じでした。

先生の言うこと、すごくわかります。他者の他者性を絶対のものとして片づけてしまうのって、ある意味楽な道を選ぶことだと思うから。でもそこで止まったら、なんか、だめじゃないですか。希望を持ち続けるのってキツいけど、希望があるっていいことですよ。きっと。

人とモノのコミュニケーションのちがい

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なんかめっちゃ更新空いちゃいましたねー。

というのも、ここ数か月は怒涛の数の予定こなしてたので、ブログ書く余裕なかったのですよ……。

 

めずらしく人と接する機会がとても多くて。NHK WORLD presents SONGS OF TOKYO、ゲーム会社の交流会、行きつけの美容院と病院が変わったり。例のはじめての長期バイトもあるし。ゼミの発表もやったし。

 

 * * *

 

にんげんとの交流というのはものすごく心を消費します。なんでかっていうと、人と人との交流は不合理でできているからです。

すなわち、認識方法や思考パターン、育った環境とかによって話す言葉もその意味もちがってくるからです。

 

人はみんなちがう言語体系を持っていて、同じ言葉をつかっても、じぶんが込めた意味の100%が届くことは決してありません。届いてるとおもうのはざんねんながら錯覚です。ほんとうに、ざんねんなことに。

 

そうすると。人に対して心や気持ちを消費するタイプの人は、ものすごい勢いで摩耗していくことになります。

ほとんどの人が60%の気持ちをほかの人に割くのに対して、つねに120%フルスロットルな人というのが存在します。

 

そう、疲れやすいあなたです。そして、わたし。

 

これはとても不毛なコミュニケーションです。相手と自分の熱量がつりあわないと不合理をかんじますし、どこかで

「もうすこしお気持ち返してくれや! 」

 とか思っちゃったりします。わたしだけかな……?

 

しかしながら。

「(お気持ち)釣り合ってない……」

という人に対する落胆は、これはとても一方的で、かつ暴力的なものです。

 

人はみんなちがう言語体系を持ち、そしてコミュニケーション方法も異なるのです。
相手の60%はほんとうに60%かもしれないし、もしかしたら300%の可能性もあるのです。

 

コミュニケーション方法のちがいのために相手の300%のうち60%しか伝わっていない可能性を、考慮しなければなりません。これは程度の差はあれ、けっこうよくあることです。

 

お気持ち開放民はそこのところ謙虚にならないと、やっぱり人が離れていったりします。

 

 * * *

 

人で感じる不合理・ストレスはモノがいやしてくれるので、ここのところは創作みたいなことも多かったですね。写真とったり、絵かいたり、歌うたったり。

 

モノはねー。いいんですよ。
時間と手間をかけたぶん、確実に情報をかえしてくれる。たとえばティッシュ箱を1分ながめたら1分ぶんの情報が確実にかえってくるわけです。10分ながめたら10分ぶん、確実にかえってきます。おもさとか、さわり心地とか、書いてある文字とか。デザインとか。

 

顕微鏡(手間)をつかって観察すれば、ふだん見えない「繊維」という手間に見合った情報をかえしてくれます。

 

そういうところだいすきです。

 

モノはしずかです。
わたしが見つめれば見つめかえしてくれるけど自発的に訴えてくることはありません。

 

(コミュニケーションの道具として人につかわれてるモノは、訴えかけてくるようにみえますが、あれは後ろにいるにんげんが訴えかけてきているだけです)

 

 * * *

 

人とのコミュニケーションはちがいを楽しむこと。モノとのコミュニケーションはじぶんを楽しむことです。あるいは、モノを通して後ろにひかえている人を、しずかに楽しむことです。

 

生のにんげんは疲れやすいけど、思いがけずお気持ちがかえってきたときに、ものすごいカタルシスを得ることができます。

 

おしまい。おなかへった……

池袋の梟書茶房

とってもよいところでした〜〜

 

照明がいい感じなのと机のカラーが暗いことでフォトジェニックな写真が撮れます。白熱球使ってるのかな?そういえば机の横に変わった形のフィラメントを使ったアンティーク風の照明があったような。

内装はよく見ると安っぽいところもあるんだけど、全体的に暗めだからそこまで気にならないかな。黒のごついソファーがいい雰囲気出してる。f:id:yakisobacurry:20171023074628j:image

 

お料理も美味しかったです。フルーツティーが意外とよかった!こういうのは見た目が華やかなだけでちゃんと美味しいの出すお店は少ないなあって思ってたんだけど、紅茶とフルーツの甘さのバランスが絶妙でした。お高めだけどかなり満足できると思います。

ミルフィーユもおいしかったです♪♪f:id:yakisobacurry:20171023074150j:image

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  ✳︎

 

お店に入るとまず目に入るのが、壁に書いてある「砂山問題」です。砂山から砂粒を取り除いていった場合、どこまでが砂山でどこからが砂山じゃないのか、という哲学的な問いかけ。砂山を砂山たらしめるものは何か。物事の本質についての話(ですよね?)。

 

梟書茶房を作った二人の男は奇矯です。菅野眞博は「珈琲」を、柳下恭平は「本」を、それぞれに偏愛し、彼らは人生という砂山から、それらが取り去られれば、どれだけ大量の砂粒が残っていても、それを人生と呼びません。

 

この例えはわかりやすいですね。わたしだったら何かなあ……。生きてさえいればどんな酷いものでも人生だと思うけどね。強いて言えば「意識」とか「自我」とか。わたしが生に執着するのは、意識や自我がない(かもしれない)世界がものすごく怖いから。だから脳死状態になったら人生じゃないかもしれないねえ。

 

  ✳︎

 

梟「書」茶房というからには、もちろん本もあるわけです。最初は某氏が適当にチョイスしてくれたハーブ図鑑とか読んでたんだけど、三島由紀夫の本でものすごくいいのを見つけました!f:id:yakisobacurry:20171023081009j:image

三島由紀夫レター教室』、めちゃくちゃおもしろいですね!!読んでて本当にたのしい。教養とユーモアがある人の柔らかおもしろい文章はいいですねえ。村上朝日堂読み終わったら古本で買おうと思います。

 

おまけ・コースターに落書きしてきましたf:id:yakisobacurry:20171023081320j:image

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ここ数日の成果

  • レインブーツを買った

マルイ様様です。サイズ展開が豊富でうれしい。シークレットインソール入れたのでちょっとだけ背が高くなります。最近雨ばかりなので大変役に立つ。便利。(父さん母さんありがとう)(コンタクトも注文させてもらいました、ありがとう)

 

行列ついててびっくり。別ルームに通されてひっそりと投票用紙に書き込んだ。とてもさむい日。みんな来ててえらい。

 

  • 美味しいお蕎麦と天ぷらを食べた

えび天蕎麦頼んだらなんかたくさん付いてきた。かぼちゃ天うまし。思わずかぼちゃアイスも頼んでしまった。f:id:yakisobacurry:20171022232709j:image

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某氏にあげた。某氏はドルセ デ ブラッドオレンジ、わたしはショコラモンブラン!寒い日にあたたかい店内で食べるアイスは、なかなかオツなものです。f:id:yakisobacurry:20171022232750j:image

 

  • LINE Payカードの申し込みをした

某氏に教えてもらった。確かにこれは便利だ!ということでお申込み。大丈夫、こわくない。

 

  • 電子レンジの掃除

えらいわたし。汚れを放置してたのはえらくないが。

 

  • おいしい朝ごはん

とろけるようでとろけにくい、とろけるチーズ(安物)は、マヨネーズを塗ってあげることでとろけ具合が改善される。f:id:yakisobacurry:20171022233055j:image

 

  • レポート書いた

書い終わってはいない模様。幾分かマシ。マックで万年筆使って書きなぐった文章をWordに打ち込んだ。f:id:yakisobacurry:20171022233106j:image

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  • バイト応募した

えらいわたし。お金欲しい、自立したい。真面目にがんばる!

 

  • ニットの毛玉取った

ダイソーの電動毛玉取り器がやばい。このせいで不在者投票遅れそうになるくらいやばい。

 

  • 絵描いた

聖剣伝説LOMだよ。下書きとかアタリとか大っ嫌い。滅べばいいのに。f:id:yakisobacurry:20171022233213j:imagef:id:yakisobacurry:20171022233523j:image

 

 

げんきにしてるよ!!

集団教育に馴染めない

どうすればいいんでしょうか。

 

 * * *

 

今年の夏休みはなかなかいい感じで過ごせたと思います。
色々なところに行けたし、体力向上の確認もできたし。ここ2年ほどの停滞を考えると、上出来と言ってもいいくらい。特に趣味(だったはず)の絵と写真が再開できたのは大きいです。絵はぽつりぽつりと描いていたけど全部模写だったし、描いている間はどうにも苦しかったから。写真もα100に戻したことでモチベーションが上がりました。やっぱり手に馴染んだ機材は良いですね。

それで。問題は夏休みが終わってからのことです。案の定と言うか、ものすごい停滞してます。大学が負担。授業が楽しくない。というか本当は本当は、行きたくない……。なぜ大学に行っているのか自分でもよくわからないんです。この大学に行くと決めた自分を覚えていないんですよね。

 

 * * *

 

幼稚園から高校まで、県内トップのところに行ってました。でも小学校も中学校も不登校で、高校は中退して。

小学校5年生のある日、何の前触れもなく突然心因性頻尿になりました。当時のことはあまり覚えてません。ただ夜も眠れなくて、和室の襖にもたれかかって、お母さんに「死にたい……」とか呟いていた瞬間だけは鮮明に記憶に残っています。あのどん底より下は、きっとこの先も無いだろうと思っています。わたしは基本的に死ぬの怖いし、むしろ絶対に死にたくないので……。そこだけはなんだかド健全だな、と自分で思ってます。

小学5年生の2学期の始業式に、一日だけ学校へ行ったそうです。記憶はあるけど時期がわからなかった。車で学校まで連れて行ってもらって、玄関はもう誰もいなくて。どのタイミングで教室に入ったのかはわからないけど、友達が駆け寄って抱きしめてくれました。不登校中手紙も本当にたくさんもらって、でもどれも返せなかったなあ。不登校以前もいじめとかは全くなくて、交友関係は正常だったと思います。小学校は本当に楽しかった記憶ばかりで……。美化されてるのかもしれない。低学年の時点で学校行く前に頭痛してましたからね。筋金入りか。

中学校受験は問題なかったけど、入学して数カ月で行けなくなりました。もうなんかこの辺はよくわからない。外部の子がたくさん入ってきて、雰囲気もどこか違ってきて、無邪気なままでいられなくなったのかな。今思い返すと、わたしはきっと人より幼かったんだと思う。

短い短い高校時代。入学した当初は親に「毎日がジェットコースターみたい」と話していたらしいです。それでも吹奏楽がとても楽しかったから、すこしだけ持ちました。秋の学内コンサートのリトルマーメイドメドレーが本当にとても楽しかった。対照的に、授業はとてもつらかった。毎日重いリュック背負わされて、数学とかわけわかんなくて、家で泣きながら勉強してました。成績は入った当初は結構良かったんだけど、もう右肩どころじゃない感じで落ちていきました。
あと、高校では学内に「避難場所」が存在しなかった。小中学校は保健室登校が許されていたけど、高校にそんな甘さは無かったですね。まあ、義務教育じゃないし……。高校1年の年明けに膿胞性乾癬になって1週間だか入院して、なんとか学校に戻ったけどますます勉強についていけなくなって。父方の祖父の葬儀をきっかけに学校に行けなくなりました。

 

 * * *

 

きゅうけい