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yakisobacurryの日記

やきそばとカレーがすきです!

なにかと諦めがち

世の中には無謀なことに立ち向かっていく人がいる。明らかに「いやいやそっち厳しいでしょう」という選択肢を選ぶ人がいる。そういう人が羨ましくもあり、同時にあまり理解できない気がする。

わたしの場合なにかと人生厳しかったので、どうしても諦めるという選択をしてしまうことが多い。希望は持つが期待はしない。期待しても駄目だったことがあまりにも多すぎた。希望を持つことでさえ怖いと思う瞬間がある。あまりにも、色々ままならなかったなあ、と思う。ただし、全く希望も期待も抱いていなかった分野では、なにかとラッキーな気もするが。意外とトントンでできているのかもしれない。要するに全てにおいて諦めておけば案外良い方向に流れるのだろうか。自信過剰だったのだろうか。

世の中才能があってその上努力できる人(本人は努力とさえ思っていなかったりする)というのは意外に多くいて、大変羨ましい限りである。わたしも才能とやらは多少持ち合わせている気もするのだが、努力に関しては自信がない。正確に言えば、わたしが努力したいと思っている分野(絵・写真)において、努力するのは極めて困難である。努力したくないことを努力するのは割と得意である。むしろ対象物を嫌っているぐらいの方が邪念が入らなくていい。好きなことを努力するのは怖いのだ。好きなことを続けるのは怖いことなのだ。好きなことで勝てたら最高だと思う。好きなこと=自分のフィールド、と思っている節がある。しかし、いざ土俵に上がると負ける。わたしは「好き」という気持ち一つで動ける人間に勝てない。好きなことほど邪念が入る。勝ちたい、認められたいという欲が入る。完璧主義も顔を出す。そうすると努力するのが苦しくなってしまって、結局中途半端な出来で終わる。一つだけ希望があるとすれば、「好き」だけでやってられる人間にはわからない何か(主に負の感情であるが)を表現できるかもしれない、という可能性だろうか。

絵も写真も好きだが、好きであるが故に苦しい。

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