今日も今日とてやきそばカレー

発達障害を抱えた25歳大学生がたのしく生きるブログ

PCに詳しい人の謎

f:id:yakisobacurry:20171021132549j:image謎だった。

どこでどうやって色んな知識を得てるのかとか、独学でなんでそんなこと分かるんだとか。なんでわたしは色々知らないし分からないんだろう、とか。

 

今になってみれば答えは簡単で、たぶん彼らは自力で問題を解決しようとしたのだと思う。そしてわたしに実践的な知識が身につかなかったのは、自分でやらなくても何とかしてくれる人、つまり父がそばにいたからだ。

 

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父さんは家では修理部長と呼ばれていて、家電が壊れたら大体父さんが直す。MacBookもバラしてたし(戻すときにネジが何個か余ったけど)、温まらなくなったホットカーペットもアキバでパーツを買って直していた。

実家には半田ごてや遠心分離機、更には謎の液体に至るまで、何やら溶かしたりくっ付けたり混ぜたり固めたりするものが一通り揃っていた。フライパンも本来の使用意図からだいぶズレたところで使われていて、ゲル状の物体から水分を蒸発させるのに一役買っていた。ものすごい匂いを放つ液体がリットル単位で送られてきて、何日も玄関に鎮座ましましていることもあった。もう二度と来んなと内心苦々しく眺めていたあれは、何だったのだろう。どこかで聞いた名前の酵素だったような、そうでないような。

要するにヘンな家だったのだ。

自由研究に小学生がつくったとは思えない見事な正八面体のミョウバンの結晶を提出したり、技術の授業の課題でそれはもう立派な手作りラジオをつくってしまったりしていた。つまり父さんは、子どものわたしにとって、何でもできる人だったのだ。

 

わたしはそんな父さんを近くで見てたから、ものづくりに対する心のハードルが極めて小さい子どもに育った。物を作るのも直すのも好き。今でも何かいいなと思う物に出会うたび、自分だったらどうやって作るかを最初に考える。ただ、いまいち技術は身についていないのだけれど。

そんな自分でもPCだけはずっとわからなかった。文字通りのブラックボックスだ。PCで問題が起きると家の中が怖い雰囲気になっていたから、そのせいかもしれない。わたしはすっかりビビってしまって、問題を起こしそうにない(当時のわたしが思う)安全な遊び方で満足するようになった。

ブラウザとかIPアドレスとか、言葉の意味はわからなくてもフツーに検索できるしフツーにたのしく遊べる。それがPCというものだ。変なことになったら(怖いけど)父さんを呼べば何とかなって、またたのしく無知な感じでネットサーフィンができる。PCに強い父がいるのに、否、むしろいるからこそ、PCに無知むちな子供が出来上がった。ような気がする。

 

結局、これで何とかなったのは実家暮らしの間だけだった。一人暮らしをするようになってから、いくつか自分で対応しなきゃいけない問題が起きた。ルータの再設定とか、Cドライブの容量不足とか。お姉ちゃんのPCに入り込んだランサムウェアと闘ってみたりとか。

そんな風にして、意味不明に感じていたPC関連の知識を、自分の手で試すことで初めて理解できたのだった。

 

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結局誰かに任せたままというのが一番何も身につかない。当事者にならないと知識も技術も自分のものにならないことを学んだ。冒頭で書いたPCに詳しい人たちも、きっと最初はこうやって悪戦苦闘して学んでいったであろうことを、今なら想像できる。

 

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自分でやらないと何だって楽しくない。任せっきりは損だ。つまらない。どんなことでも自分でやってなんぼだと最近は常々思っている。