FEELS SO GOOD

たのしければよいのだ

ゼミのはなし、無限遠点で交わる自己と他者

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さいきん、ふと、今わたしが事故かなにかで死んだら、わたしの人生の詳細がほとんど誰にも知られずに終わるのだなあ、と思いました。

そんなのってサイアクです。
だからやっぱりこうやって文章に残しておかないといけない。わたしが中学時代保健室で皿回しの練習してたこととか、しいたけの菌床栽培のコツとか、見たこと感じたことはどこかにちゃんと読める形で置いておきたいのです。

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不登校時代に楽しんだ、しいたけ菌床栽培

 

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きょうはゼミでした。
ねむくてだるくて行きたくなくて、でも仕方ないので、すこし遅れて教室に入りました。先生がテクスト分析について説明していたんだけど、ちょっとわかりにくい感じだった。うちの先生は学科全体の中でかなりデキる人(だとわたしは思っている)で、ただ、とても頭がいいので抽象論に偏りがちなんですよね。

先生は、昔の学者ってかんじの人。出席はあまり気にせず、発言とかレポート内容で成績の判断をしてくれるので、個人的にはたすかってます。

もっと堅苦しくないかんじでゼミをしていきたいんだろうけど、今の3年メンバー(わたし含む)がすごく内側に向かう人間ばかりで全然なかよくならないので、たまに先生が「ああこの空気どうしよ……」ってなってる。もういっそ毎回お茶菓子買ってくることにして、食べながら気楽にやってもいいと思うんだけどねー。

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そういえば前期は柄谷行人『探求Ⅰ』をみんなで読みました。このブログでも何回か取り上げてたかな。ウィトゲンシュタインってなんか好きです。死の衝動と闘いながらも最後まで生きて、それでいて「素晴らしい人生だったと伝えてくれ」って(wikiより)。わたしもそうありたい。ていうかこれ読んだとき、絶対死ぬときは同じこと言ったろ!!って思いました。

言語ゲームの考え方もとても共感できる。今の年齢だからこそ、かな……。前半読んでるときは「これはどういう結論に落ち着くんだろう」ってずっと気になってました。「人間の相互理解なんてムリムリかたつむりだよ!」で終わるのか、「いやでも余地は残されてるからがんばろうぜ!」なのか。結局後者だったようです。

最後のあたりは同じ3年生の男の子がすごくうまくレジュメにまとめてくれて、おかげで理解しやすかったです。ユークリッド的と非ユークリッド的、だっけ。何にせよ、わたしは「いやでも余地は残されてるからがんばろうぜ!」な結論でうれしかったのです。他者と無限遠点で交わることを信じて、わたしも生きていたいと思うし。

ちなみに読み終わったあと一人ひとり感想を言っていったのですが、わたしは「これどうやって終わるんだろうってずっと思っていて、でもすごく希望のある終わり方でよかった」って話したんですよ。それに対して先生は「わたしは○○さんが言うほど希望があるとは思えないですね。他者と向き合うことはとても泥臭くてしんどい作業で、今も国際社会でうんぬんかんぬん」といった感じでした。

先生の言うこと、すごくわかります。他者の他者性を絶対のものとして片づけてしまうのって、ある意味楽な道を選ぶことだと思うから。でもそこで止まったら、なんか、だめじゃないですか。希望を持ち続けるのってキツいけど、希望があるっていいことですよ。きっと。