今日も今日とてやきそばカレー

たのしければよいのだ

壊れて失われること、変化

何かを変えるっていうのはつまり壊してつくることで、ものすごいエネルギーを消費する。

昨日退学願と休学願の両方をもらってきた。後者は保険のようなもので、結局使わないことになると思う。

 

  ✳︎

 

昨年の夏から、明らかに目に見えてたくさんのものが失われた。愛犬の死をきっかけに、まあ色々なことがあって、たくさん一人で判断して、たくさんのことを自分で動かして、最終的に収まるべきところに収まっていった。

わたしは自分でものごとを動かす力が無いように思えていたけど、それはただの思い込みだったし、「そういえば過去にもこんな風に何かを自分の手で動かしたっけ」と忘れていた感覚が蘇ったりした。

 

たくさん考えて必死にやってたと思う。間違ってはいなかったし、結果として今、長い間温め続けた集団教育への想いをようやっと手放そうとしている。

ただ、間違って「は」いなかったけれど、たくさんのものが失われた。こんなに色々なものを壊す時期は、もしかしたら人生で初めてかもしれない。

 

  ✳︎

 

一番気に入っていたイヤリングを無くしたり、ピーラーがどっかいったり、キッチンタイマーは水没させたし、眼鏡も踏んづけた。クリスタルのコップもお茶のポットも割った。彼氏は元彼、もとい最高の親友氏になった。これは、もうすこし考えがあってのことだけど……。

 

夏のあのパピの死からずっと、何かを変えなきゃいけないと思って、たくさんのことに手を出して、同時にたくさんのものが失われていった。変化っていうのは本質的にそういうものなんだろうけど、結構堪えた。

12月あたりから、もうかなりやばかった。体の具合もひどくて、胃痛で全くものが食べられなくなったりした。食べることが大好きなのに全く食欲が湧かなくて、あれはあれでショックだった。

 

そういえば、一番失って堪えたのは、後期の単位だった。本当に真剣に、ほんの2ヶ月前まで、卒業しようと思っていたのだ。実際できると思っていたし、苦しくてもやり抜くつもりだった。

 

年末年始はそれなりに楽しくて華やかだったけど、東京に戻ってからが本当にひどかった。結局冬休み中にあったゼミの4年生の卒論発表会を最後に、全く大学に行けなくなってしまった。

あのときの記憶はもやもやとしていて、うまく思い出せない。ぼうっと、「ああ今日も行けないなあ。救ってあげることもできないや」と考えていたような気もする。実際にはひどく泣いていたかもしれない。

 

わたしは昔から泣いてばかりで、歳を重ねていったら涙の量は減るものだと思っていたけど、そんなに、思っていたほど減らないようだった。

 

  ✳︎

 

今まで試験を受けられないときには、何とか大学と交渉して代替レポートを課してもらうとかして、自分を救おうと試みていた。それは直接単位を救うことでもあるし、後期ずっと頑張ってきた自分の気持ちを救うことでもあった。

 

たくさんの苦しみを経験した結果、わたしの中には「自分を救えるのは自分だけだ」という確固たる思い、確信があって、できる限り歯を食いしばって自分を救おうと努力してきた。これは今も変わらない。

人は一人では救われないけれど、差し出された手を握るかどうかは、結局自分にかかっている。わたしは、後々「どうしてあのとき自分を救ってやらなかったんだ」と後悔するのが嫌で、とにかく何とかして自分を救おうと努力してきた。そういう自分が好きだし、そういう自分だからまた救ってやろうと思える。

 

それなのに、今回の一連の流れの中で、わたしはもう全くなんにも手が出せなくて、なんて自分は無力なんだろうと思い知らされた。それは無力になってしまうだけの理由があって、わたし自身大いに納得してるけれど、本当に何もできなかった。疲れてしまっていたのか、とにかく限界だったのか。

もともと許容量は大きくない方なのに、たくさんのことを抱えて、一人で潰れた。結果としてよかったのかもしれないけど、反省すべきことも学びも、とても多かった。

 

  ✳︎

 

今もまだ結構な余韻というか、自分で抱えきれない何かを抱えている。好奇心旺盛でなんでも手を出すのはやはり考えものかもしれない。

 

ものも人との関係も、大切にしないと簡単に失われてしまう。自分が大切にできる範囲を把握して、本当に大切にしたいものが常にその内側にあるようにする。そういうのがとても大事で、ずっとこれからも意識し続けなきゃいけない。失いたくないと思うものは昔よりずっと増えたと思う。

中途半端に関わって何かを傷つけたり壊したりするのは、あまり褒められたことではない。それでも何か新しいことを始めるのは楽しいし、人生の醍醐味くらいに思っている。基本的には、壊したら直せばいい、またつくればいいとも思っている。

 

ただ自分の気持ちは有限で、どうしても失いたくないものだけは常にはっきりと意識を持って内側にやって守っていかないと、それはもう呆気なく失われるんだと思う。まだ致命的な何かは失ってはいない(はず)だけど、今のままだときっとまずいし、その辺は今後の課題というか、頑張らなきゃいけないことなのかもしれない。

 

それでもどうしても壊れてしまうものもあるから、それは思いっきり自分を甘やかして、よい変化として受け止めてやろうと思う。

 

誰に向かって宣言してるのか分かんないけど、とにかく最近はそんな感じです。