今日も今日とてやきそばカレー

たのしければよいのだ

充実感のあとの色褪せた世界

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すこしだけ、世界が灰色に包まれている。頑張った反動、虚脱の世界。とても静かで、お腹に力が入らなくて、声が掠れる。こういうのはプチ燃え尽き症候群とでも呼べばいいのかな。

 

バイトを始めたのは8月23日から。ここまでで7回働いた。たくさん歩く営業のバイト。今までの経験上、事務仕事は向いていないってわかっていたから、たくさん歩ける仕事を選んだ。

 

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学校も図書館も映画館も事務の仕事も、人をそこに縛り付けるからあまり好きでないのだと思う。身体を拘束されるのは苦手だ。1時間もすると上半身がガチガチになって、みぞおちのあたりが苦しくなってくる。背骨もなんだかギシギシする。

もっと気楽に勉強し、本を読み、映画を観たい。たくさんのお喋りと、おいしい軽食と、ジャズ・フュージョンとか。そんな要素が揃っていれば、どんなことでもそれなりに楽しめるものだ。

 

人といるなら一対一がいい。集団に入ると両隣がわたしを挟んで会話を始めるから、ああいうのは好きじゃない。集団の会話の話題は、それぞれの関心の最大公約数的な内容に限定されるから、その内容に興味がない場合、どうしたって沈黙することになる。

でも、人は好きだ。わたしが喋るのも人の話を聞くのも、どちらもとても好きだ。わたしは一人称ばかり使うから、自分語りが好きだと思われているだろうけど、自分語りと同じくらいには、人の話を聞くのが好きなのだ。

知らない人生、知らない物語。今目の前にいる人のその在りようは、背後の物語があってできあがったものなのだ。面白くないわけがない。みんなとてもドラマチックだ。だからもっと怖がらずに人と接したいなと思う。

 

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わたしは自分自身のことばかり考えていて、格好わるいな、とよく思う。格好のよい人になりたかったのだ。側から見たら、やっぱり無様で、格好わるくて、自分の内側ばかり見つめてるヘンな人なのかな、と。気になってしまう。

まあでも気にはなるけど、元々がこういう奴だから変えられないし。きっと頑なだろうと思う。人との間にある壁がとても分厚いから、やっぱり仕方ないのだけれど。ASDと診断されるだけのことはあるのだ。

ただの名前、診断名に過ぎないけれど、自分のある一部分に関してはその特性をよく表現できている名前だと思っているので、異存はないし、だろうなあという感じ。

 

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昨日……正確には一昨日、日曜日の結婚式まで、なんとか頑張ろうと決めていた。日曜日の結婚式と、可能ならその翌々日のバイト。まずはここまで、短期目標。

バイトを始めた頃もちょっと大変だったけど、一瞬実家に戻って英気を養って、おばあちゃんと絵を描く約束をして東京に戻ったとき、「さあ、これからだ」と思った。

逃げてはいけないし、逃げるべきときじゃない。これは頑張る時間で、「頑張れる」時間だ。そんな時間はそうそう訪れるものじゃなくて、気づいてしまったのなら、後はやるしかない。これは大変だけども充実感のある、苦しみと幸せの時間なんだろうと感じていた。

そうしてなんとかなんとか泣きながらもやってきて、それでやっと、結婚式まで終わった。

 

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短期目標を達成して、今はやっぱり、すこし空っぽだ。街を歩けば人とぶつかるし、なんだか注意力散漫で、ぽかんと呆けて、あまり物事がわからない。

でも悪い気分じゃないと思う。時間の経過とともに、きっとまた鮮明ですっきりとした頭に戻ってくれるだろう。

ただそれまでは、すこしぼんやり過ごしていようと思う。